八丁堀でタイ料理
タイ|
2007-08-27(月) 23:16
金曜日にタイ料理を食べに行った『サワディレモングラスグリル』,八丁堀の交差点から少し南に下ったビルの3,4階にあります。入り口が洋菓子店なので少し分かり難いかも。食べたのはメインの料理4種類+デザート。「ソムタム」は舌が痛くなるような辛さで合格ライン。「ガイヤーン」は鶏肉に味が良く染みていて美味しい。「プーパッポンカリー」はポロポロのタイ米にかけて食べたくなった。「クイッティアオナーム」も美味しかったけれど,パクチーは多めでお願いします!
素材に関しては国内で調達したものを使っていると思いますが,調理と味付けは本場タイ人の感覚,と確信しました。タイ料理店としてはかなりお勧めできます。
忙しかった土日
タイ|
2006-10-16(月) 00:26
珍しく忙しかった土日の2日間,締めくくりはタイ赴任時代に知り合ったYさんにチケットを手配してもらった「プミポン国王在位60周年祝賀ジャズコンサート」でした。タイ王国大使館の主催で渋谷Bunkamuraのオーチャードホールで秋篠宮をお迎えして催された格調高いコンサート。会場には濃い目の顔をしたタイのオニーサン,オネーサンから大使やセレブ達が集まり,とても華やかな雰囲気です。ケルビム号で行った私は普段着にウィンドブレーカーだったのでちょっと,と言うよりもかなり浮いていました。でも国王のシンボルカラー,黄色のハンカチをスカーフ風に首に巻いて行きましたからから失礼はなかったでしょう。
演奏は2グループ。「フォンナム」はタイの古典音楽を現代風にアレンジした演奏を,「渡辺貞夫グループ」は極々,聴きやすいジャズを聞かせてくれました。行事の趣旨に従いプミポン国王が作曲した曲も取り入れられ,なかなか楽しませてくれた2時間半,お開きになって会場を出るときにお土産(レトルトのタイカレー)をもらって満足して帰ってきました。(結局それかよ!)
タイのクーデター
タイ|
2006-09-20(水) 23:57
タイで起きているクーデター〜政変,今のところ取り立てた混乱はなく「無血」で事態が推移しているとの情報にホッとしています。今日は朝から政府機関や銀行,学校などは休みになっているということですが,空港や国際線は平常どおり営業しているようですし,報道では市民生活は比較的平穏な様子で,メールで現地や大使館の知人に聞いてもそれほど緊迫した様子はありませんでした。むしろ「急にひまになっちゃった。」とか「彼(タクシン首相)がいない間にやっぱりね・・・」などという比較的のんびりした答えしか返って来ないことからするとタイ国民や現地在住の人たちからすれば今回の事態はほとんど想定の範囲内のようです。タイでは”たった”15年前にもクーデターがあったばかりです。そのときには国王が仲裁に乗り出して事態を納めたという経緯がありました。そして今回も首謀者である陸軍司令官が行った記者会見場のバックには国王と王妃の写真が飾られ,一時的には軍部が実権を握るが混乱を収拾した後,極力早期に主権を国民に返還するという表明がなされました。国王に絶対的な信頼を寄せるタイ国民のツボをきっちりと押さえたスマートな政変が行われつつあるように私の目には映ります。
とは言え,今後も決して武力が使われるようなことがなく,東南アジアの一大経済拠点の混乱が早く収拾されることを祈るばかりです。
(写真はバンコク市内タクシン橋の上から見たチャオプラヤー川)
カオ・プラ・ビハーン遺跡
タイ|
2006-09-02(土) 17:11
もう6年前になりますが,タイに滞在中に地方都市をいくつか廻りました。そのうち東北(イサーン)地方のウボン・ラチャタニーに行ったときに日曜日を利用して訪ねた「カオ・プラ・ビハーン遺跡」は私にとってはとても思い出深い場所です。この遺跡は入り口がタイ国側,遺跡そのものは国境を越えたカンボジア側にあるため,かつては国境紛争で戦闘の舞台になったこともあって,今でも大砲や墜落したヘリが放置されていたり,撤去されない地雷が残っていたりと(帰ってきてから聞いた!),平和慣れした日本人には想像外の場所に立地しています。
ウボンの街から車で1時間半ほどいくと遺跡へ登るゲートに着きます。この遺跡の本堂(?)は標高約650mの山の上に立っているのでゲートからは石の階段を延々と登らなくてははなりません。私自身が撮った写真が少ないのと遺跡の紹介はこちらのサイト(タイは若いうちにいきなはれ)に詳しいので詳細は省略しますが,頂上の本堂の裏は断崖絶壁でその先は見渡す限りカンボジア北部の大平原が広がっていました。まさに180°の大パノラマ,地球の丸さが分かるという表現が決して大げさではありません。ところどころ,煙が上がっているところには人が住んでいるのでしょうけれど,カンボジア側からはこの遺跡に近づくことは出来ない,という一緒に行ったタイ人の説明が実感できました。ところでこの遺跡が印象深い理由がもうひとつあります。それは入り口ゲート付近からいつの間にか現れて,私達に付いて来た男の子,プラ君と出会ったことです。プラ君は年を聞くと5歳,汚れたシャツと半ズボン,サンダル履きの足も薄汚れ,汚い手には10枚位の絵葉書を握っています。でもとてもかわいい子で,手にした絵葉書を見せて「50バーツ,50バーツ」と呟きながら付いてきます。「いらない」と言うと片腕で顔を覆って泣きだしてしまいました。ただしこれは泣きまねで,こちらが悪いことしちゃったかな〜と思っていると突然,真顔に戻ってまた「50バーツ,50バーツ」と始めます。暫くすると途中からもうひとり,別の男の子が合流し,何を始めるかと思えばお互いに持っている絵葉書のけなし合い。「俺のは綺麗なのばかりだ,おまえのはダサイ!」「うるせー,オマエのは手垢で汚れてるじゃねーか!」といったところでしょうか。「もういい加減,帰れ!」とこちらも半分面白がって言うとまた泣きまねが始まり,そんなことを繰り返しているうちに頂上についてしまいました。休憩している私達の周りを離れずに「50バーツ・・・」を繰り返し,決して帰ろうとしません。こちらも根負けして数枚買ってあげると一目散にゲートのほうへ走って見えなくなってしまいました。受け取った絵葉書はしっかりと手垢で汚れていましたが・・・。
プラ君がどんな暮らしをしているのかは想像するしかありませんが,彼はきっと家族の中でも立派な働き手なのでしょう。どこかで絵葉書を仕入れ,観光客の中でお金を持っていそうな輩を見つけると自分の商品を見せて営業し,時には相手の気を惹く演技もし,買ってくれるまでは決して傍を離れず,小さな体で大人と同じペースで急な石段を昇り降りします。5歳といえば日本では幼稚園児。国情の違い,生活習慣の違い,貧富の差,いろいろなことが私の頭の中を去来しましたが,お金を受け取ったあとに彼が見せた笑顔は崖の上から眺めた景色と共に私の心に残りました。
タイについて(屋台編)
タイ|
2006-05-27(土) 21:39
「タイについて」シリーズ3回目。今回はバンコクの町中で日本の自動販売機並みにたくさん見られるという屋台についてhideandseekに聞きます。インタビュアーはおなじみ,目黒川俊郎先生です。





